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二度の大震災を経験した男

Category: 政治・社会

更新再開と言いながらなかなか更新できずにいた。出来ればスポーツの記事で更新したいと思っていたのだが、残念ながらそういう社会的状況ではない。

11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)。マグニチュード9.0は日本の観測史上最大で規模に劣らぬ破壊力を見せつけ、自然の猛威を我々に知らしめることとなった。大地震が起こった場合、大地震だけでなくその後に発生する大火災や大津波に警戒が必要で、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)でも神戸市内の密集地(長田)で起こった大火災で沢山の方々の命が失われる結果となったが、東日本大震災でも大津波により亡くなった方は相当な数に上るはずだ。亡くなられた方々のご冥福をお祈りしたい。

筆者は神奈川の人間だが、それでも震度5強の揺れを経験した。このレベルの揺れを経験したのは二度目で、一度目は1995年の阪神・淡路大震災であるので、二度の大震災を経験した男と言うことになる。二度目の男の大震災顛末記(?)を簡単にお送りしたい。

筆者は地震が起こった日は体調不良で寝込んでいた。体調自体は薬や睡眠のおかげで地震が起こった時点ではかなり良くなっていたのだが、まさかの大地震である。ただ、自宅だったのはラッキーだったと言える。会社や学校ならまだしも、移動中だったら本当に大変だ。

地震が起こった際に真っ先に何をすべきかであるが、基本的には一般的に言われている通りであると思うが、机の下に隠れることには拘らない方が良いと思う。机の下に隠れる際に机などに頭を強く打ち付ける可能性がある為で、揺れている間は低い姿勢を保ち、出来るだけ頭を守るようにすると認識しておくべきだろう。机のない場所で被災した場合にも応用がきく訳だし。

揺れが治まったら何をすべきかであるが、(自宅にいることを前提として)ガスストーブ等が倒れていたらそれを止める必要があるが、ライフライン(電気・水道・ガス)の状況を把握すべきだろう。但し、ガスは余り無理をしない方が良いと思うが。建物自体が明らかに大きく損壊していると思われる場合はこの時点で避難所行きを急ぐ必要があるが、建物自体は無事と思われる場合、今後の行動を決定する材料としてライフラインの状況は重要な要素であると思うからだ。阪神・淡路大震災の際はライフラインは全て無事だったのだが、今回は電気が使えない状況であった。

電気が使えないことは情報収集に支障を来すし、夜になって冷え込んでくれば暖を取ることを考えなければいけないが、停電の原因が建物自体の損壊に起因するものではないと思われたので、復旧する可能性もあると思い暫くは自宅にいることにした。避難も選択肢にはあると思うが、避難途中に大きな余震にあう可能性もある。

情報収集に役に立ったのが(携帯電話についている)ワンセグで、これで大まかな情報は知ることができたのだが、携帯電話の充電ができる手段がない以上ワンセグを見続ける訳にもいかない。絶対に外出する必要があるのだし。

絶対に外出する必要というのは、食料の確保である。これだけ広範囲の地震であるし、物流に影響を与えるのは必至の状況である。阪神・淡路大震災の際の経験でコンビニから食料と言える食料が瞬く間に消えたことを経験しているので、今日中に確保しておきたいと考えたからだ。具体的には何日分の確保が必要かであるが、少なくとも当日分+土曜日の分、出来れば日曜日の分まで確保できればと考えていた。阪神・淡路大震災の当時に比べるとコンビニの密度が高いので、直ぐに食料が消える事態はないと思われるが、少なくとも土曜日の物流は大幅に遅延することは確実で、(予想以上の地震の規模から)その影響が日曜日にも大きく残る可能性もあると思ったからだ。

外出したのは地震から2時間以上経過してからだ。停電が復旧する雰囲気がないこと、暗くなる前に家を出たいと考えたからだ。とは言え、停電している以上、コンビニも休業している可能性が大で、隣の市まで行こうと考えていた。隣の市と言っても歩いて20分程であるし。

案の定、コンビニを含む店舗は閉店若しくは開店休業状態で、信号機すら作動していない(一部除く)、煌々と明かりが灯っていたのは警察署のみであり、果たして隣の市は?と思ったが、隣の市が見えるところまで来ると明かりが灯っているのが確認できて、判断が正しかったことを確信できた。

繁華街に入り、地震の影響で既に閉店している店舗・施設も多かったが、コンビニは空いていた。緊急に物がなくなるような状況とは思えず、寒い中35分程歩いてきたせいか尿意を催したので地下街に入ったが、トイレは男子トイレも長蛇の列で、駅へ向かったら警察が「現在、駅とこの先の施設は閉鎖されている」とのアナウンスが聞こえ、「これはラッキー」とこの先にある別の施設に向かったが、読み通りすんなり用を足すことが出来た。

その後は、暫く休息した後、もっと快適に休息できるであろうところでインターネットでの情報収集を行っていた。現在、輪番停電の実施の可能性が重大な関心事であるが、東京電力の停電情報を見て停電は事故ではなく計画の可能性が大であると確信したので、停電を解除するまで待った。停電を解除するのは翌日未明になる可能性もあった訳で、避難所に行くことも考えつつだった。幸いなことに9時30分頃に筆者の住む地域の停電は解消されたことを確認できたので、無事帰路に着くことができた。勿論、買い物も済ませている。

このような芸当が可能なのは十分な土地勘があるからで、土地勘がないところではそう上手く行くはずもないのだが、いかなる場合でも(無意味な情報に惑わされて)パニックにならないことが肝心なのは間違いない。

以下、主に繁華街に出ての感想など。

行きも帰りも当然歩きであるが、兎に角歩行者が多いと。歩行者が多かったのは国道15号(第一京浜国道)で、徒歩で帰宅しようとしている人が多かった為だろう。多いのは人だけでなく、車もである。行きの時間帯は普段でも渋滞が起こり得る時間だったが、高速道路が閉鎖された影響等もあるのだろうが、これでは緊急車両や物流等に多大な影響を及ぼすのは当然な訳で。地方であれば事情は別だと思うが、くれぐれも地震が起こった後に車を出すのは極力謹んで欲しいと思った。

歩いて帰宅を目指すことの是非であるが、翌日が土曜日で休日であること、勤務先に泊まれるだけの設備がない等色々な理由はあると思うが、無理な計画は立てないで欲しいものだ。南関東なので気温自体は極端に寒いとは言えないと思うが、この日は寒風が吹いていて体感気温はかなり低かった筈だ。土地勘がない人も多かったと思うし、このコンディションの中長時間歩くことはかなりの体力を消耗することに繋がる訳で。歩いて帰れるのは10km、体力に自信があっても15kmがいいところだろう。もっと長距離を歩いて帰った人もいるのだろうが、途中で果ててしまったら…。寒風がずっと吹き続けていたとするなら、明け方の体感気温は確実に氷点下だった筈で無理は禁物である。

公衆電話に長蛇の列が。携帯電話・メール共使い物にならない状況では当然と言えば当然だが。通信事業者に対する私憤は置いておくにしても、携帯電話=緊急時の通信手段であるのは事実な訳で。事業=商売で、商売の為のサービスに力を入れたがるのは理解するが、本来のサービス(?)をもっと充実させてくれないと。

いかに有用な情報を手に入れるか。電車は止まってしまっているが、バスは動いていた。道路状況を鑑みるに、本来の所要時間とはほど遠い時間を要することは間違いないが、無理に歩くよりはバスに乗った方が良かった人も多かった筈だ。避難所にしても、どこを解放しているのかは分かり辛い状況だ。TVで流れるのは新宿などの主要駅付近の状況ばかりだ。神奈川県の場合、広域で停電していたこともあり、どこを解放するかを発表するのに手間取ること自体は致し方のない状況で、自治体を責める気持ちは毛頭無いのだが、問題はその情報が必要な人にどれだけ届けられるかだ。

Twitter。確かにこういった緊急時に有用なツールであるのは理解できたが、色々と問題も多いのも事実で。この記事ではきついお小言はしないが、一言に地震情報と言えども地震関連のツィートが溢れる中、どう効率的なフィルタリングを行えるかだ。Twitterにもハッシュタグ等の機能はあるが、それでは本当に必要な情報だけを抽出できない訳で。とは言え、筆者もTwitterで土地勘のある人ならではの有用な情報を流してあげられたらと思ったのは事実で、アカウントを作成しようと思った。

当ブログらしい(?)お小言は別の記事にすることにする。幸か不幸か記事を書く時間は確保できそうなので。 あとで読む ブックマークに追加する
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2011-03-13 Sun 20:00:23 | trackback(0) | comment(1) | | PageTop▲
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No title

Posted by 川の果て

コメントが遅くなってしまいましたが…

私も阪神の時は震度7のところにいました。でも、以前BBCが広島と長崎で原爆に遭った人みたいな番組作って物議をかもしていましたが、当時神戸で今回仙台という人もいらっしゃるんでしょうね。

私は知り合いの料理店内にいたのですけれど、みんな外に逃げていったので仕方なく通りに出ました。
震度7の経験が悪い方に作用したのか、地震の時点では「この程度ならまだ大丈夫だろう」とか「石原都知事の会見はどうなるのだろう」とか考えてました。
2011/03/19(Sat) 13:07:49 | [ EDIT ]














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